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動物実験に関する指針

公益社団法人 日本実験動物学会(解説付き)

動物実験は医学と生物学等の生物系の研究におけるもっとも重要な手段であって、実験動物の貢献なくして現代の医学、生物学等の研究成果は語れない。このように、動物実験が重要不可欠であるにもかかわらず、それに対する社会の批判は決して弱いものではない。それは主として、不必要な動物実験、あるいは残虐な動物実験が科学の名のもとに実施されているという誤解に基づくものと思われるが、科学的に適切でない、あるいは動物福祉の配慮に欠ける動物実験が一部で実施されていることも、残念ながら事実である。そこで研究者は,自己の研究に動物実験が真に不可欠であるか否かを検討しておくとともに、実験動物を使わない方法を工夫していくことも必要である。本来,科学的に、かつ動物福祉の観点からも、適正な動物実験の実施は、研究者の自己規制でこと足りるはずである。しかも、すでにわが国では「動物の保護及び管理に関する法律」(昭和48年)および「実験動物の飼養及び保管等に関する基準」(昭和55年)が制定されているので、その厳正な遵守によって適正な動物実験は可能であるということもできる。しかし、「実験動物の飼養及び保管等に関する基準」は、「実験動物」に関するものであって「動物実験」に関するものでなく、将来、わが国で「動物実験」に関する指針が必要となれば、それはしかるべき立場の人々によって検討されることが望ましいという趣旨で作成されたものである。日本学術会議では,昭和55年に、内閣総理大臣に対し、「動物実験ガイドライン」の策定を勧告した。また国際的にも、動物実験ガイドラインの策定が要請されるようになってきている。最近の国内外の諸状勢をみるに、いまこそ研究者自らが「動物実験に関する指針」を策定し、研究者自らがこれを守る意思を表明するときである。このような事情を踏まえ、文部省等においては、わが国の大学等における動物実験のあり方について、新たな視点に立って対応するよう作業が進められている。適正な動物実験の実施のために各種の活動を続けてきた(社)日本実験動物学会は、国のこの対応を大いに歓迎するものであるが、大学、その他の試験研究機関等の研究者に自己規制を求めたとしても、実験動物や関係法規についての知識が十分でない研究者もおり、また拠るべき資料も少ない状況で「動物実験に関する指針」を作成することは現実に困難な場合も多い。そこで、当学会は、昭和60年に、「実験動物福祉ワーキンググループ」を設置し、適切な動物実験の指針案について検討を続けてきた。昭和62年5月22日開催の第34回総会において承認されたこの指針は、今後、大学等が「動物実験に関する指針」を作成するような場合の参考資料となることを意図したものである。


1. 目 的

この指針は、大学等において動物実験を計画し、実施する際に遵守すべき事項を示すことにより、科学的にはもとより、動物福祉の観点からも適正な動物実験の実施を促すことを目的とする。

【解説】
この指針は、研究、教育機関である大学等に所属する研究者等が、より適正な動物実験実施のために討議し,合意して作成することが望ましい。なお,指針作成にあたっては、科学的な動物実験への配慮は自明のことであるが、研究の場において動物福祉への配慮を求める社会の声にも十分に応えるべきである。


2. 適用範囲

この指針は、当該大学等において行われるすべての動物実験に適用される。

【解説】
大学等においては、中央に動物実験施設をもたないところもあり、あるいは、中央の施設のほかに個別の研究室に動物実験室が置かれているところもあり、当該機関内の動物実験の一元的管理が困難なところもある。しかしそのような場合でも、この指針の適用に例外規定を設けてはならないというのが、本項の趣旨である。


3. 施設,設備,組織の整備

大学等の研究上のニーズ等に則した動物実験を適正かつ円滑に実施するために必要な動物実験の場および飼育設備を整備するとともに、その管理、運営に必要な組織体制の整備を図る必要がある。

【解説】
科学的にはもとより動物福祉にも配慮した動物実験を実施するためには、実験動物学の基本に立った施設、設備、組織の整備が必要である。施設については、一時的に研究室や居室の一部を割いて動物実験に当てるようなことをしてはならない。これは必ずしも、中央に大規模共同利用施設を設ける必要性を指しているのではなく、分散していてもよいから、整備の行き届いた専用区域を用意すべきだという意味である。飼育設備については、実験動物学的な観点から適切なものを選ばなければならない。また、組織については、知識、技術、経験に優れた管理者と飼育技術者を配置する必要がある。これは、科学的にも動物福祉への配慮の点からも必要なことである。実験者の所属する大学等の管理運営の責任者(学長、部局長等)は、以上のような施設、設備、組織の整備に努力しなければならない。


4. 実験計画の立案

1)実験者は動物実験の範囲を研究目的に必要な最少限度にとどめるため、適正な供試動物の選択、実験方法の検討と同時に、動物実験施設の管理者の協力を得て、適正な動物実験に必要な飼育環境等の条件を確保しなければならない。以上の点を含め、実験計画の立案に当たっては、実験動物の専門家の意見を求めたり、必要に応じて、当該大学等に置かれた動物実験委員会の助言等を求め、有効、適切な実験が行なえるようにする必要がある。

【解説】
科学的な観点からの適切さを欠く動物実験は、科学的に評価できないばかりでなく、動物福祉の精神にも反するものである。実験者は、計画立案の段階で供試動物の種類、品質、数あるいは飼育環境についての検討を行い、入手と飼育管理の可能性等について管理者、飼育技術者と十分に打ち合わせておくべきである。また、あらかじめ実験動物の専門家の意見を徴し、企画された実験が動物に無用の苦痛を与えないように配慮しておくことが望ましい。実験計画の最終的な当否は、動物実験委員会の判断に委ねられる。

2)実験者は、供試動物の選択にあたって、実験目的に適した動物種の選定、実験成績の精度や再現性を左右する供試動物の数、遺伝学的、微生物学的品質、飼育条件等を考慮しなければならない。とくに微生物学的品質に関しては、管理者の指示に従わなければならない。

【解説】
動物実験において重要なことのひとつは、遺伝学的な視点からの検討で、種の決定ののち、必要ならば、品種あるいは系統を選択する。同じ動物種でありながら品種、系統によって薬物代謝、抵抗牲、免疫応答等の生物反応に差異が認められるとがある。微生物学的な視点からの供試動物の検討も重要である。この微生物学的品質の選択も、原則的には実験者の権限に属することではあるが、実験動物の病原体汚染は、自然あるいは実験処置に誘発されて感染症をひき起こし、動物実験の成績を撹乱する、周囲の健康な動物に感染症を拡げる、あるいは実験者、飼育技術者等に感染病を起こすことがある等の理由で、感染防御に関する管理者の指示を実験者はとくに守らなければならない。実験動物の飼育条件もまた実験結果に重大な影響を及ぼすので、実験者は、計画立案にあたって慎重でなければならない。


5. 動物の検収と検疫

実験者は、動物の発注条件、異常、死亡の有無等を確認し、動物の状態、輸送方法、輸送時間等を記録する。また実験者は、実験動物の検疫を実施しなければならない。これらの作業は管理者に委嘱できる。

【解説】
到着時の動物の状態の観察、あるいは輸送の記録は、その後の検疫および実験成績の解析に有用な情報を提供することが少なくないので、省略してはならない。また、感染病、非感染病の違いを問わず、健康でない動物を実験に供してはならないそのため、動物の検疫を実施しなければならない。ここでは病気の診断、発病個体の淘汰、治療ばかりでなく、新しい環境への順化という意味も含まれ、具体的には、動物の健康状態が判明し、さらに動物実験に使用できる状態であることが明らかになるまで既存の動物から隔離しておくことを指す。信頼度の高い生産者由来の動物の場合、生産者が添付した微生物モニタリング成績をもって病気の診断に代えることができる。野生の霊長類や野外で捕獲されたイヌ、ネコ等では、導入前の健康状態がほとんど不明なので、慎重な検疫が必要である。なお、動物の検収と検疫は、基本的には実験者の責任においてなされるべきものであるが、経験の浅い実験者の観察眼よりも経験を積んだ管理者や飼育技術者のそれのほうが優れているので、管理者、熟練した飼育技術者あるいは実験動物学を習得した獣医師に依頼することが望ましい。なお、イス、ネコ、その他の家畜の診療については、獣医師法の適用を受けることに留意しなければならない。


6. 実験動物の飼育管理

1)実験者、管理者および飼育技術者は、協力して適切な施設、設備の維持、管理に努め、適切な給餌、給水等の飼育管理を行わなければならない。

【解説】
動物福祉の精神に適いかつ安定した実験成績を入手するため、実験動物の飼育および実験環境を適正に整える必要がある。環境条件(温度、湿度、気流、光、音振動、臭気、塵挨、床敷、ケージ、給水器、飼料、動物室、同居動物、飼育技術者等)は、動物の反応を修飾して実験成績に重大な影響を及ぼす例が多いので、これらの諸条件をコントロールすることはきわめて大切である。これらの因子の作用は複雑、多様でまだ十分に解明されていないが、これを軽視してはならず、実験者は管理者や飼育技術者の指示に従うべきである。また、同居している異種動物の存在、飼育環境を汚染している微生物、実験に用いた化学物質等によって実験成績の安定性が損なわれ、あるいは動物に無用な苦痛を与える場合があるので、異種動物の影響を避けるために動物種別に、微生物汚染を避けるために由来別に、また、実験処理の影響を避けるために実験別に、それぞれ動物をできるだけ分離飼育する必要がある。

2)実験者,管理者及ひ飼育技術者は協力して、実験中の動物についてはもちろんのこと、施設への導入時から不要時に至るすべての期間にわたって、動物の状態を子細に観察し、適切な処置を施さなければならない。

【解説】
不断の動物観察は、動物が適正な条件で飼育管理されるべきであるという動物福祉の精神に合致するばかりでなく、実験成績の的確な解析のためにも重要である。とくに実験中の動物の観察は実験者のなすべきことではあるが、日常、動物に接している飼育技術者による動物の状態、行動に関する観察はきわめて有益であるので、実験者は管理者および飼育技術者と密接な連絡をとることが望ましい。実験中の動物がいちじるしく不適切な状態に陥ったときは、実験の中止等の処置も必要である。


7. 実験操作

実験者は、麻酔等の手段によって,動物に無用な苦痛を与えないように配慮すべきである。このため、必要な場合には、管理者、実験動物の専門家あるいは動物実験委員会の判断を求める。なお、苦痛の排除のための処置は、管理者または飼育技術者に依頼することができる。

【解説】
適切な保定と麻酔は動物福祉のためばかりでなく、科学的に適正な実験のためにも必要である。一般に、適切な保定は動物に与える苦痛をいちじるしく軽減し、実験にあたっての操作を容易にし、かつ人への危害を防止するために施されるが、保定の良否は経験に強く左右されるので、経験の浅い実験者は熟練した管理者または飼育技術者の協力を求めることが望ましい。また、麻酔方法の選択は実験者に任されるものであるが、経験の浅い実験者は、管理者、実験動物の専門家あるいは麻酔処置に熟練した者の助言を受けることが望ましい。実験上の理由によって、やむを得ず無麻酔の動物実験を実施する場合は、管理者や実験動物の専門家等の意見を聞くことが望ましい。


8. 実験終了後の処置

実験者は、実験を終了した動物の処置については、「実験動物の飼養及び保管等に関する基準」に定められているところによって行う必要がある。この作業の一部または全部を管理者または飼育技術者に依頼することができる。

【解説】
実験終了あるいは中断した動物は、致死量以上の麻酔薬の投与、頸椎脱臼等によって、速やかに苦痛から開放されるべきである。また、動物の死体等による環境汚染を防ぎ、公衆衛生上の配慮に努める必要がある。これらの作業は実験者の責任で行われることではあるが、管理者や飼育技術者の協力を得ることが望ましい。


9. 安全管理等にとくに注意を払う必要のある実験

物理的、化学的に危険な物質、あるいは病原体等を扱う動物実験においては、人の安全を確保することはもとより、飼育環境の汚染により動物が障害を受けたり、実験結果のデータの信頼性が損なわれたりすることのないよう、十分に配慮する必要がある。なお、実験施設の周囲の汚染防止については、施設、設備の状況を踏まえつつ、特段の注意を払う必要がある。

【解説】
実験において重要なことは、実験精度の向上とともに人の安全確保である。とくに、物理的、化学的、生物的に危険な物質(放射性物質、放射線、病原体、組換えDNA、発癌物質、変異原性物質、その他の安全性未確認物質等)を扱う動物実験においては、人の安全のみならず、飼育環境の汚染に基づく動物の障害の防止、あるいは実験データの修飾の防止に、実験者は積極的に努めなければならない。この種の動物実験には、通常の動物実験とは異なる特殊な事情も介在するので、それぞれの実験に合わせて、特段の注意を払う必要がある(大学等において、必要に応じ、安全規則等を整備し、それぞれ遵守すること)。


10. 動物実験委員会の設置

大学等においては、動物実験委員会を設けるなどして、動物実験に関する指針が適正に運用されるように配慮する必要がある。委員会は、当該大学等の実験動物の専門家、実験者および当該大学等が必要と認める者によって構成されることが望ましい。

【解説】
動物実験に関する指針を作成したときにもっとも大切なことは、その指針の適正な運用である。そのため,指針の運用について、適切な指導、助言を行う委員会の設置が必要である。この委員会は、既存の関係委員会の改組、拡充によって組織することも可能であるが、動物管理業務等に関する委員会と混同してはならない。この委員会には、とくに動物実験における動物福祉の問題(実験計画の立案,実験動物の飼育管理、適正な動物実験の実施等)に関する判断機能を賦与させるべきであるが、これらの機能はきわめて重要である。なお、この委員会のメンバーには、研究に無関係な者も加えることが望ましい。


一参考図書一

  1. 実験動物飼育保管研究会(編):実験動物の飼養及び保管等に関する基準の解説、ぎょうせい(昭和55年)
  2. 鍵山直子、野村達次(訳):実験動物の管理と使用に関する指針(アメリカNIH、1985年版)、ソフトサイエンス社(昭和61年)
    Guideline for Animal Experimentation(Japanese Association for Laboratory Animal Science, 1987)